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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1256号 判決 1971年10月11日

原告 季自強

右訴訟代理人弁護士 新井旦幸

右訴訟復代理人弁護士 河本仁之

被告 株式会社日本勧業銀行

右訴訟代理人弁護士 高橋秋一郎

主文

一  被告は原告に対し一、八五八万三、六五三円および内一、八五三万七、九八七円につき昭和四三年八月九日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は原告において三〇〇万円の担保を供するときは、第一および第三項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告に対し別紙目録記載の金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮りに執行することができる。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第三請求原因

一  預金契約の成立

原告は自己所有の金員を自己の預金とする意思のもとに被告銀行銀座支店(以下被告支店という)に対し

(一)  昭和四三年六月六日午後三時ごろ、利息は預入日の翌日から日歩六厘の約にて石垣陶子名義で一、〇〇〇万円を普通預金として預け入れ(以下本件普通預金という)、その後原・被告間では同年七月二三日五〇〇万円の払戻し、同年八月一日四五〇万円の預け入れ、同月五日二五〇万円の払戻し、同月八日一五三万七、九八七円の預け入れがあり、同月八日現在の普通預金額は八五三万七、九八七円であった。

(二)  同年七月二〇日、利息は預入日の翌日から日歩七厘の約にて林幸子名義で三四〇万円および三〇〇万円をそれぞれ通知預金として楊健三を使者として預け入れた。

(三)  同年七月二二日、利息は右(二)と同じ約にて石垣陶子名義で三六〇万円を通知預金として預け入れた。

(以下右(二)・(三)の預金を「本件通知預金」、右(一)ないし(三)の預金を「本件各預金」ともいう。)

二  返還請求

原告は被告支店に対し同年八月八日前記各預金の元利金額払戻しの請求をなした。

三  結論

よって原告は被告に対し、前記石垣陶子名義の普通預金につき元金八五三万七、九八七円および昭和四三年六月七日から同年八月八日までの利息三万四、四四〇円、前記林幸子名義の通知預金につき元金六四〇万円および同年七月二一日から同年八月八日までの利息八、四七〇円ならびに前記石垣陶子名義の通知預金につき元金三六〇万円および同年七月二三日から同年八月八日までの利息四、二八四円ならびに右各預金の元金につき返還請求をした日の翌日たる同年八月九日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四請求原因に対する答弁

一  請求原因一の事実中原告が自己所有の金員を自己の預金とする意思のもとに出捐したことは不知、その余はすべて認める。本件各預金契約の債権者は訴外石垣潤一こと片山光宏であり、原告又は楊はその使者あるいは代理人として預入手続をなしたにすぎない。すなわち

(一)  石垣(こと片山)は昭和四三年五月二七日ごろ被告支店次長佐藤善二(以下佐藤次長という)に対し近日中に預金することを予告していたこと、

(二)  そしてその予告に従って同年六月六日午前中石垣(こと片山)から佐藤次長に対し普通預金一、〇〇〇万円をする旨予め電話で連絡してきたこと、

(三)  本件普通預金預入手続の際は石垣(こと片山)自ら現金一、〇〇〇万円を提供し、被告支店係員松尾テラー総括に「石垣です」と名乗って挨拶をなし、本件普通預金通帳は同人に交付されたこと、

(四)  本件普通預金預入後石垣(こと片山)は佐藤次長に「今一、〇〇〇万円預金してきました」と報告して辞去していること、

(五)  同年六月二〇日には石垣潤一名義で二、〇〇〇万円の普通預金、四月二八日には無記名で一、〇〇〇万円の定期預金をなし、このさいもそれぞれ事前に石垣(こと片山)から佐藤次長に電話で連絡したうえ、預金後は只今預金をした旨報告して帰っていること、

(六)  本件各預金は原告が石垣(こと片山)と通謀のうえなした所謂導入預金(預金等に係る不当契約の取締に関する法律第二条参照)であること、

等の諸事情を考えれば本件普通預金はもとより本件通知預金の真の預金者は石垣(こと片山)であるということができる。

二  同二の事実を認める。

三  同三を争う。

第五右被告の答弁に対する原告の反論

一  被告の答弁一の(一)ないし(三)の事実を否認する。原告は昭和四五年六月五日片山から被告支店に預金してくれるよう勧誘されてそれに応じることにした。それで本件普通預金をする際片山に連絡したら同人も同行させてくれといったので同行させたにすぎず、しかも本件普通預金の名義人を石垣陶子とすることは現場で思いつき、預金元帳用紙と印鑑票用紙の住所・氏名欄には原告が記入し、預金通帳も原告が受預し、本件普通預金通帳はもとより本件通知預金証書および届出印鑑は終始原告において所持している。

二  同(二)主張の各預金も原告は自己所有の金員を自己の預金とする意思のもとに、石垣潤一名義普通預金は原告自ら、無記名定期預金は楊を使者として預入手続をなしたものである。

第六抗弁……債権の準占有者との相殺

一  石垣(こと片山)の被告に対する債務

石垣(こと片山)は被告に対し、昭和四三年八月九日当時、手形の遡求金債務および訴外三亜農林事業株式会社の被告に対する債務を連帯保証したことによる債務合計一、八七六万二、五〇〇円を負担していた。

二  相殺の意思表示

仮りに原告主張の前記預金契約の債権者が原告であるとしても、石垣(こと片山)は前記第四の一で述べたとおり右預金契約開設以来あたかも真の預金者が同人であるかのような外観を呈し、その旨被告を誤信せしめていたが、被告は石垣(こと片山)に対し昭和四三年八月九日に至り本件各預金債権一、八五八万五、一八一円を受働債権、右一の債権一、八七六万二、五〇〇円を自働債権として対当額にて相殺する旨書面にて意思表示し(右書面は翌一〇日到達)したが、右意思表示の際被告は石垣(こと片山)が本件各預金の債権者であると信じ且つかく信じるにつき何の過失も存しなかった。

三  よって本件各預金債権は右相殺により消滅しているものである。

第七抗弁に対する答弁

一  抗弁一の事実は不知。

二  同二の事実は否認する。原告・被告支店間に存する左のような諸事実即ち

(一)  原告は本件各預金をなすに際し、預金預入手続も原告自ら又は楊を原告の使者としてなしているのであって、原告が真の預金者であることを明示している。

(二)  昭和四三年七月二三日楊が本件普通預金から五〇〇万円の払戻請求した際、被告支店に石垣(こと片山)が訴外三亜農林株式会社の持ち込んだ割引手形の裏書をしていることを理由に石垣潤一の印鑑証明書の提出を楊に求めたので、楊は三亜農林という会社は全く知らないこと、同会社から手形の裏書は頼まれたことがないこと、石垣潤一は原告と石垣陶子との間の三才になる子供であること、他人の貸付と本件各預金とは何の関係もないこと、石垣潤一と名乗る者がきたときは原告に教えてくれるようにいって原告の電話番号を教えたこと、以上のことがあったのち本件普通預金から五〇〇万円を払戻した。

(三)  同月二五日右手形裏書の件で楊が電話したら、佐藤次長は三亜農林の件は担保を入れてもらって解決した旨答えた。

(四)  同年七月二七日楊が前記石垣潤一名義普通預金二、〇〇〇万円の払戻請求をしたときは被告支店はすぐに応じてくれた。

(五)  同年八月五日本件普通預金から二五〇万円を払戻すべく楊を派遣したところ、佐藤次長は右預金は三亜農林に対する被告の貸付の担保として石垣(こと片山)が入れており、石垣潤一の印鑑証明書の提出も受けて保管している旨述べたので、楊は石垣潤一は原告の三才になる子供があって印鑑登録している事実はないこと、右印鑑証明書は偽造されたものであるからよく調査して欲しい旨述べたところ、被告支店も右調査をなすことを了承して二五〇万円の払戻請求に応じた。

(六)  八月八日には原告が被告支店で佐藤次長および片山に会った際、本件各預金の払戻を請求したところ、佐藤次長はそれに応じる旨答え、払戻金のうち一五〇万円は再預金してほしい、一、〇〇〇万円の本件通知預金の解約をするのなら、これに代えて前記原告の無記名定期預金一、〇〇〇万円の解約をしてほしい、そのときは定期預金は中途解約になるが、利息は満期払戻と同利率にしてやる旨約したので原告はそれに応じた(結局、解約払戻された無記名定期預金から一五〇万円および手取利息三万七、九八七円を本件普通預金に預入した。)

を総合すれば、被告は本件各預金契約の真の債権者が原告であることを十分知っていたものといわざるをえない。

第八証拠関係≪省略≫

理由

第一請求原因(真の預金者は誰か)について

一  請求原因事実中当事者間に争いがあるのは、原告主張の各預金契約の債権者が原告なのか訴外石垣潤一こと片山光宏なのかについてであるので、この点について先ず判断する。

(一)  当事者間に争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すれば次の事実を認めることができる。

1 原告は片山から被告支店に預金してくれるよう勧誘されたので、自己の預金とする意思のもとに自己所有の金員を出捐し、被告支店において

(1) 昭和四三年六月六日訴外楊健三・片山を同行し、現場でその名義を原告の内妻である石垣陶子とすることを思いついて同女名義で一、〇〇〇万円の普通預金をなすべく、普通預金印鑑届と題する書面の現住所・御氏名・ふりがなの各欄には楊をして記載せしめ、被告支店係員に届出印鑑としては原告が係管する「石垣」名の印鑑を届出て現金一、〇〇〇万円を原告自ら提供し、係員は「石垣さん」と名を呼びあげて原告に本件普通預金通帳(口座番号020966)を交付した。

(2) 同年七月二〇日楊を使者或は代理人として、原告の先妻である林幸子名義で三〇〇万円および三四〇万円の通知預金をなすべく、楊は被告支店係員に原告が保管する「林」名の印鑑を届出て原告から預かった現金六四〇万円を提供し、係員は楊に三〇〇万円の通知預金証書(口座番号020038)および三四〇万円の通知預金証書(同020039)を交付した。

(3) 同年七月二二日原告自ら出向いて石垣陶子名義で三六〇万円の通知預金をなすべく、原告は被告支店係員に前記「石垣」名の印鑑を届出て現金三六〇万円を提供し、係員は原告に三六〇万円の通知預金証書(口座番号020044、甲第四号証一・二)を交付した。

2 原告は右各預金通帳・証書および届出印鑑については終始自ら所持・保管している。

(二)  被告は、本件普通預金預入に際し石垣(こと片山)自ら現金一、〇〇〇万円を提供した旨主張(事実摘示中第四の一参照)し、証人松尾は右主張に沿う供述をするが右供述は前掲各証拠に照らしたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  ところで、普通預金あるいは通知預金が匿名(架空人名義または第三者名義)でなされた場合の真の預金者とは、自己の預金とする意思のもとに自己所有の金員を出捐して預金をなした者であって、現実の預入行為を自らしたか或は使者・代理人を使ってしたかは関係ない(後者の場合は民法第四七八条の適用の関係で意義を有することがありうるが、それは真の預金者確定の問題とは自ら別である)もの(所謂客観説)と解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記(1)ないし(3)認定の事実によれば原告主張の各預金の真の預金者はいずれも原告であるといわなければならず、前記2認定の事実は右結論を裏づけるものということができる。

(四)  被告は預金契約債権者の確定について、金員の出捐者およびその者の意思を問うことなく実際の預入行為者が銀行にとっては預金者であるとの所謂主観説或いは、金員の出捐者が預金をする意思を有していたとしても、預入行為を他人がなし、その者が自己の預金であることを明示又は黙示に表示した場合はその者が銀行にとっては預金者であるとの所謂折衷説の立場から事実摘示中第四の一の主張をなしている(但し右主張のうち(三)の一、〇〇〇万円の提供者が石垣(こと片山)であるとの主張は客観説の立場からの反対事実の主張とも考えられるが、右主張事実の存否についての証拠判断は右(二)で既述したとおりである)。そして≪証拠省略≫には前記事実摘示中第四の一の(一)ないし(三)各主張に沿ったものがみられるが、右主張部分に沿う右各証拠は前記(一)の1の(1)認定の事実ならびに≪証拠省略≫に対比するとたやすく信用できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。また事実摘示中第四の一の(四)ないし(六)の事実が仮りに認められ、かつ、主観説或いは折衷説の見解に従うとしても、いまだそれのみをもって片山を本件各預金の預金者とみるには十分でないものといわねばならない。

二  してみれば、本件各預金契約の債権者は片山ではなく、原告であるといえる。

ところで被告は、本件各預金契約の債権者が原告であるとしても、本件各預金債権は被告の片山に対する債権との相殺により消滅した旨主張するので、この点について更に考えてみる。

第二抗弁(債権の準占有者との相殺)について

相殺は対当額において債務を消滅せしめる効果を有する限りでは弁済と同じ作用を有するものであるから、相殺にも民法第四七八条の類推適用が許されるものと解するのが相当である。そして、債権の準占有者に対する相殺が有効であるためには、相殺権者において相殺の意思表示をする時において善意・無過失であることが必要であるところ、本件全証拠によるも被告において昭和四三年八月九日当時前記各預金の債権者を片山と信ずるにつき善意であり、しかもそのことにつき過失がなかった、と認めるに足りない。却って当事者間に争いのない事実に、≪証拠省略≫によれば、

一  原告は片山の勧誘を受けて同年六月二八日被告支店に届出印鑑として原告の実印を届出て一、〇〇〇万円を提供し、一、〇〇〇万円の無記名定期預金をなしたこと

二  片山は被告支店に対し同年六月下旬以降自分が石垣潤一であって原告主張の預金者はあたかも自分であるかのように振舞ったこと

三  同年七月二三日、八月五日の二回にわたって、原告が楊を使者或いは代理人として前記普通預金の一部払戻しに行った際、被告支店では真の預金者が原告でなく片山であるかのように言って原・被告間で紛糾が生じたので、原告は原告主張の預金をすべて解約すべく、同年八月八日被告支店に赴いて、口頭にてそれらを解約する旨の意思表示をなした。しばらくして佐藤次長は原告を別室に招き入れたがその後やってきた石垣(こと片山)が佐藤次長に自分は片山光宏であって石垣潤一ではないことを名乗った。その際佐藤次長は原告に対し一時に預金全部をおろすことをやめてくれるよう懇請し、原告からさし当り必要とする金が一、〇〇〇万円であることを聞くや、右解約を取消して前記無記名定期預金一、〇〇〇万円を解約してもらいたい、そうすれば定期預金の利息は中途で解約する場合は満期の場合より低いのに、満期なみの利息はあげるから、と申出、原告はこれに応じたうえ、右定期預金の元利合計中から一五三万七、九八七円を新に本件普通預金に振込んだこと

を各認めることができる。以上によれば被告が相殺の意思表示をした同年八月九日当時被告において原告主張の真の預金者が原告である、ということを知っていたものと推認することができるし、仮りに知らなかったとすれば、知らなかったにつき重大な過失が存したことは明らかである。してみれば被告の抗弁はその余の判断をするまでもなく理由がない。

第三結論

一  原告主張の預金契約は被告にとって商行為であることを原告が主張し、被告が右主張を争っていないことはいずれも弁論の全趣旨により明らかであり、しかも請求原因二の事実は当事者間に争いがないことおよび前記第一の判断を総合すれば、被告は原告に対し左記金員を支払うべき義務がある。

(一)  普通預金について

1 元金 八五三万七、九八七円

2 利息 三万三、五七〇円

(内訳)

(1) 一、〇〇〇万円につき昭和四三年六月七日から同年七月二二日まで四六日間の日歩六厘の割合による約定利息金二万七、六〇〇円(10000000×0.006/100×48=27600)

(2) 五〇〇万円につき同年七月二三日から同年八月一日まで一〇日間の右同利率による約定利息金三、〇〇〇円(5000000×0.006/100×10=3000)

(3) 九五〇万円につき同年八月二日から同月四日まで三日間の右同利率による約定利息金一、七一〇円(9500000×0.006/100×3=1710)

(4) 七〇〇万円につき同年八月五日から同月七日まで三日間の右同利率による約定利息金一、二六〇円(7000000×0.006/100×8=1260)

(二)  林幸子名義通知預金について

1 元金 六四〇万円

2 利息 八、〇六四円(同年七月二一日から同年八月七日まで一八日間の日歩七厘の割合による約定利息金(6400000×0.007/100×18=8064)

(三)  石垣陶子名義の通知預金について

1 元金 三六〇万円

2 利息 四、〇三二円(同年七月二三日から同年八月七日まで一六日間の日歩七厘の割合による約定利息金(3600000×0.007/100×16=4032)

(四)  遅延損害金について

右(一)ないし(三)の各1・2の金員合計一、八五八万三、六五三円に対する返還請求をなした日である同年八月八日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金

二  よって原告の本訴請求は、被告に対し一、八五八万三、六五三円および内一、八五三万七、九八七円につき昭和四三年八月九日(原告は遅延損害金として一、八五三万七、九八七円につき、同年同月九日分から請求している)から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村宏一 裁判官 竹田稔 簑田孝行)

<以下省略>

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